・おとなになっても、いくつもの「補助輪」がある。
 つまり、それがないと自立できないようなもの。
 時には、先輩が補助輪にあたるのかもしれない。
 人によっては、アイドルが補助輪だったりもする。
 誰よりも新しい知識が補助輪だということもあるだろう。
 恋人が補助輪だということも、きっとあると思う。
 マンガが補助輪、テレビが補助輪、本が補助輪。

 外すに外せないと思いこんでいる補助輪が、
 おとなにも、いっぱいあるものだ。
 じぶん自身の一部だとか、
 じぶんと一体化していると思いこんでいるけれど、
 それが補助輪だということも、けっこうあるだろう。
 「それがなくても、わたしは立って歩いていける」
 ほんとは、そういうものばかりなのだ。
 
 ぼくの写真を特別なカメラで撮ったらさ、
 役にも立たないちっちゃい補助輪が、
 からだのあちこちにクリスマス飾りのように、
 いっぱいくっついていたよ‥‥なんてね。